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2017.01.02 (月) [日 記]

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年が明けました。

いやぁ~~、早かった・笑 

また、悲喜交々にいろいろとあるのだろう。

今年もいろいろとお世話になります。

時間的にいろいろと不自由になりますがよろしくお願いします。

皆さまのこれからの

ご多幸を心よりお祈り申し上げます。

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鳥違いですが、カラスが好きなもので

山本精一画伯の絵を勝手に借りました、

すみません、画展で買ったものです・笑



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2016.12.18 (日) [日 記]

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もう、気がつくとこんな時期になっている。
ここまでくると 
 申し訳ございません、すべては来年に持ち越しになってしまいます。
このところ、昼も夜中も仕事が忙し気味で
去年もそうだったのかなと 考えていました。
この二週間ほど、悲喜交々にいろいろとあり、
いろいろと思ったり考えたりしていた。
明日は、健康診断、そう思うと21時までに
無理にでも食べたくなってしまうという浅ましさ・笑
検便も タイミングが合わず(笑)、
こっそりと会社に持っていったりして....
何やら飲みやすくなったというバリウムが楽しみだ。
 
この前まで00:30頃に終わっていた深夜の仕事が
このところ、帰宅すると1:30過ぎになっていて
かなり、予想外にしんどいらしい自分。
とくに ずっと睡眠障害というか、
まぁ、心理的なものもあって(更年期障害なのかな?)
なかなか寝付けなくなっていて
布団に入るのが、明け方の4時くらいだったりすると
3時間くらいしか寝られず、
三日間連勤なので
そのつけが、日曜にやってくる。
何度か目は開けるけれど、起きると17時になってしまう。
せっかくの休みも何もできない。
そんなことがもうずっと続いていた。
寝坊してしまったり、両方での仕事のミスがあったりした。
(まぁ、誰のせいでもなく自分のせいなのだ。)
ただ、実のところ
この夜中のパートは好きなのだ。
そして、かなり楽しい。
短時間だからいいのかとも思うけれど。
昨夜は、やはり深夜だったのだけど
米が食べたくて つい炊いてしまいました。
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おかずは、こんなものでしたが。
おいしかったぜよ。
そんなこんなで すべて投げ出したくなったりして
しかし、あまりにもいろいろと目いっぱいだったので考えることも手に負えず・笑
「これはもう、流れに身を任せてしまおう」とふと思い。
また、困った時の「空手バカボン」の「バカボン教」の「なにくそ精神」でね・笑。
誤登録をしてしまい、正社員の人に
「これで三カ月連続ですよ、正社員ではないからといって
片手間にしてもらっては困ります、お客様のあることなので....」
と、
この日、仕事をしていてとても楽しかったので
『そっか、ダブルワークだとそういわれんのか、
これは、昼の仕事に関してもそうなんだろうなぁ...
今迄でもたいてい自分が楽しんでやっていると
あとで、何か失敗したり、ダメだったりするんだよなぁ。
それがなかったは、絵を描く時だけだったかもしれないなぁ。
間違えて絵の具を垂らしてしまったりしてごまかしたりしたら
これいいねと褒められたりしてね。』
そんなクサクサする前に変な感情になれた。
かなり、気分はへこんでいましたが。
片手間にできるくらい気楽でもないですよ、人と接する仕事は。
とくに直接、お金をもらうことっていうのは。
ただ、あまりに商品が多くなって人が並びだすと
早くしようと思ってしまう、
そして、今回はまさかの値引きシールの横に
半透明に正規の値段がうっすらと裏から透けていて
それをバーコードが読みこんでしまったという...
ちゃんと 表示を見ていたらいいのだけど、
それを一瞬見逃してしまいました。
わしのミスです。
数日後に出勤するのが さすがに嫌で
この前言った相手も顔を合わせにくいのかもしれない、
嫌なことを言わせてしまったなぁと反省した。
そして、ちょっとビビりながらスキャン作業、
時間帯のせいか、お客さんたちは皆たいてい
こちらがありがとうございましたと言う前に
「ありがとう」と言ってくれることもあり、
いつも以上に『ありがたい』と感謝してしまいました。
昼の仕事も 平常心でやり過ごしていたら
思いのほか、良い方向に向かったと思う。
そんな中での7日のSTAR PINE’S CAFEの
山本さんのうたものではよく寝かせて頂きました・笑。
薔薇窓から降り注ぐやわらかな木漏れ日を
ほのあたたかに感じながらうたた寝をしている...
そんな感じでしたね。
とても気持ちがよかったよ・笑
ライヴ中に私が目を閉じていたら、
現状では、まじで寝ています、すみません。
でも、音はわりと聞こえています。
身体が寝てしまうのです。
脳は意外と起きています・笑
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人生は、いろいろ [日 記]



先々週のこと、職場に銀行から電話が来た。
現在、家のローンを組んでいる銀行だ。
「固定資産税を滞納していて差し押さえになると連絡があったのですが....
「・・・へっ? 振込用紙が来ていて、それ以外にも
 何か払わなければならないものがあるんでしょうか」
「いえ、ないと思います」
ということで あわてて先方に確認の電話をした。
「なにか差し押さえの通知が来たと銀行から連絡があったんですが」
「はい? あ、担当に変わりますか? 私が話しますか?
「職場からなので長く話せないのですが.... 結局いくらになりますか?
26年と27年の一部と延滞金が... 担当でないのではっきりしないんですが」
と、わりとけろけろっと明るい声のおばさん。
「じゃあ、担当に変わってください」
「はい、少々お待ちください」
で、変わって出たのが、くらーーーい爺さんみたいな声。
「はぁ、少しお話は伺いましたが、担当の
○○がお休みで...
「で、いつまでにいくら払えばいいんですか」
「はぁ、早ければ早いほうが....
「振込用紙が来ていた分払っていたつもりだったんですが」
「差し押さえの通知は、ご覧になりましたか」
「いえ、見ていないんですが」
「昨日出しているので....
「昨日出したんですか? じゃあ、早ければ今日、明日には届きますね。」
「で、いつごろお支払いいただけますか?
「うーーーん、30日でもいいものですか?
30日期限の振込用紙を送らせていただきます」
と、ひと段落....
まぁ、奥歯にものの挟まったようなあやふやな返答で
忙しい時間帯だったので イラチのわしは
「なんぼはろぉたらええんじゃ」と大声出しそうになりました・笑。

                                                              しばらくして気分も収まったころ、
そうか差し押さえ現場っていうのも 見てみたかったかも.....
でも、この場合は、父親の払うべきものの未払いなので
自分のものは、関係ないんだったら.... 見たかったかも。                              
 紙張られちゃったりするんだろうか。
あわてなくてもよかったんだろうか.... なんてのほほんと思ったりしましたが。
現実、まだ差し押さえ通知も見ていないし。

一年になるのかぁ..... ちょうど、母の葬式などや いろいろな手続きもあったし、
なんといっても 父がぼけているでもない(天然的なものもあり・笑)
自分宛で届いたものを開けて わからなかったりいらないと思ったものを
捨ててしまっていることもあった。
生命保険も入っているのも知らなくて 来ていた書類を捨てていたらしく、
支払いが滞っていたので連絡があったり、
母の支給される分とで相殺するからいいとのことだったらしい。
「まっ、いいか」と思うも 実のところ損している可能性もあったかも....                                

                                                              先月は、相続の件で山形へ母の戸籍抄本か謄本をもらいに行かなければならないというので
夜行バスの予約を取った。
隣に人がいないほうがいいかなと3列でトイレも近いので トイレ付き、トイレの近くにした。
早朝、どこかのホテル前につくので調べてみると
つく頃にモーニングとお風呂が借りられるので それも勧めみた。
一日中、ヒマでテレビばかり見ているのならと
やれそうなことは、やってみてもらおうという算段なのです。                    

そして、帰ってきてたずねてみると案の定、自分の名前できていたので                       ハガキをみたらしく「こんなのが来ていたよ」と、少々本人も戸惑っている様子()。               楽しみにしていたが、簡素なハガキをぺろっとめくると汚い字で書いてあった。                  まぁ、あきらかに見てわかるようなものだとその家が滞納しているとばれるからなのだろうね。            意外としょぼいものでがっかりしつつも ほぼヘソくっていた額であったためにかなりがっかりしてしまった。   まぁ、人生とはこんなものなのだろうね。                 

3日の朝、銀行へ行って年末からのローンの見直しの話をしに行った。

支払いは、とあることでへそくりはほぼ無傷に終われそうだ。                            金は天下の回り持ち、ありがたいことです。

それにしても 水道代30000円て...... 多すぎやしないか?                             まぁ、ちょっとトイレの水漏れ等あったにしても通常の倍なんだが。



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2016.05.22 (日) [日 記]

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このところ、ほんの少し早く帰れる日があり

そんな日には、少し暮れかかったきれいな空がみられる。

もう少し暑くなる頃には、コウモリがひらひらと飛んでいるのもみられる。

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医者に行っていないのでよくわからないが、

椅子に座りっぱなしでも

曲げた状態で固まったように立つ時に激痛がある。

ただ、足首をまわしても痛くはない。

原因不明のひざの痛みとふくらはぎがつった後のような痛みのきついくらいの痛みで

寝返りをうつと痛みで目が覚めてしまったり、寝付けずにいたので

この一週間くらいは特にP のない時には、

食後にパソコンの前で寝入ってしまうことが多く

いろいろと進んでいません..... 本当にごめんなさい。

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遠くに月..... 
月はいつ見ても本当にきれいだね。
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↑ 昨日までは、行く気でいたけれど
かなり混んでいるらしいので
見えるところに行きたい、ないしは座っていられるように
そう考えるとかなり前に並ぶしかないだろう、
そう思って 100均で折りたたみの小さな椅子も買った。
しかし、待ち時間も入れると4時間以上立ちっぱなしかと思うと
自信がなくなってしまった。 残念だ...
特に痛み出した後の階段の上り下りは本当に痛いので
いろいろとためらうことが多い。
火曜日に休めることになったので

東京都現代美術館に行ってこようと思う。

しかし、いろいろと作業ができずにいるのは、本当にすみません。

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2016.01.07 (木) [日 記]

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よくわからないが、こんな物が売っていたので買ってみました。

かわいくて きれいでした。

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 買うよりも自分で摘んだ物の方がいいんだろうなぁと思いつつ.....

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もともと お粥は好きなのだけど、

初七草粥を作って食べました。

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 まぁ、草のお粥ですね・笑

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どうしても 卵を入れたくなります。

からあげの黒酢あんかけと茎わかめのお惣菜を買ってきて

おかずにしました。

お粥だけでは、たりないのです、意味ないか....



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2016.01.01 (金) [日 記]

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さて、新年明けてお抹茶をいただきます。

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本当だったら、濾すものがあればいいのですがないので

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茶筅ですこしほぐしてしまいます・笑

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待望の錦玉子と一緒に

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とはいえ、わしの好きなのはもうすこし黄身も白身も粗くなっているもの。

今年は、早めに買いに行こう.... 新年の抱負。

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そして、初日の出、

ベージュというか、クリーム色というか

陽を透かして 黄金色になる感じはいいっすねぇ。

新品にしてよかった。



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2015.10.04 (日) 火葬.... [日 記]

なんとも この季節にしては暑い日だ。

はじめに用意してあった服はどうにも暑くて

結局、本当に普段着になってしまった・笑。

頼んであった花を受取りに行った。

思いのほか、少なく感じたので 駅前の小さな花屋で

薄いピンクのカーネーションを20本ほど買い足した。

実物を写真にとって置けなかったので 

ほぼ同じものを別から拝借してみました。

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こんな花を買っていった。

淡い色の明るい感じにしたかったので 菊とかにはしなかった。

花を頼んだ後に スーパーに行ったら

葡萄やリンゴ、梨に柿と 果物がたくさん売っていて

『佳子は、果物好きだったな、果物なら燃えるから良いかな』

と、あほなことを考えて 葡萄を手にするも

『そっか、墓参りの時にお供えすれば良いのか』と、やめておいた。

弟夫婦と臨海斎場へ行く、妹夫婦は父と自分たちの子供とで自動車。

私たちは、モノレールに乗った。

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駅に着くと昼だったので 本当に暑かった。

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 これが、買っていったカーネーション。

弟夫婦は、トイで着替える。 妹たちを待っている間のなんとも違和感。

意外と悲痛な雰囲気や泣いている雰囲気はなく、

とても静かで 厳かな感じだった。

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花をみんなで棺に入れる。

さしの入ったバラは、大降りのもので5本しかなかったけれど

顔の周りに配置、かなりいい香りがしていて うれしくなる。

葬儀社の人が、「バラは、とげがあるので花だけにしますか」と

花の頭だけにしてくれたのは、感謝だ。

もっともっと、花を用意して置けばよかったなぁとも思った。

本当にきれいだった。

私も あんなきれいな顔で逝きたいと思った。

本当のところは、写真に撮りたかった。

母とお別れできずにいた人たちのために.....

火葬場へと棺は電動の荷台に載せられていく。

そのあとを親族がついていく。

1時間くらいすると呼ばれた。

「ご確認をされる方」といわれ、よくわからないがついていくと

「お名前のご確認をお願いします」といわれた。

薄っすらと見えにくい「宮崎佳子」の文字にうなづくと心の準備もなく、

火葬場の小さな扉が開き、骨となった母が出てきた。

この時、一人で確認するのはきつかったなぁ。

ていうか、本人かどうかなんでわかるわけないだろ。

かなりの熱でまだまだ熱かった。

小さな火の粉が、転々と赤く光っていた。

灰もあったのでまるで骨がほとんどないように見えた。

奥のほうに頭蓋骨がやや目立って残っていた。

大昔、祖父や祖母の時には、そのまま骨を拾ったように思えたけれど、

今回は灰をきれいに除かれ、

骨だけをそれこそオードブルの入っているような

平たい銀製のものに入れられていて銀の重そうなふたを開けると

母が、真っ白な骨になっていた。

まだまだ、成り立てなのか少々震える手でぎこちなく

その人は、私たちが骨壷に骨を入れると

刷毛で端までも掃いて小さな銀色の塵取りで掃いては取りを繰り返す。

それは、ほぼお手前のように見えた。

この人たちも 大変な仕事をしているんだなぁと思った。

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そして、母の骨壷は妹夫婦が車で自宅へ。

私と弟夫婦は、またまたモノレールに乗る。

安い費用だけれど、葬儀社の人はきちんとしてくれた。

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そして、浜松町で弟たちと別れ、

私は、とにかく何も食べていなかったのでお腹がすいていた。

期待せずに入ったお店で久しぶりにとんかつを頼んだ。

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これが、久しぶりにおいしかった。

とんかつは好きだが、これくらいの肉の厚さがいい。

衣は、もう少しさくさくとあったほうがいいけれど、

これくらいだと油も吸ってなくていいのかなとも思った。

はじめは、ついていたソースを少し付けた。

おいしかったので塩で食べた。

レモンをすこしかけたらもっとおいしかったのに。

久しぶりに塩で食べられるとんかつだった。

豚肉の油もさっぱりしていておいしかった。

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ケーキでもと思ったけど、めずらしくアイスココアを頼んだ。

これがまた、べらぼうにわし好みで美味い。

とろっと濃いココアは、今時なかなかお目にかかれない。

本当に幸せな時間だった。

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お店の名前を覚えておかなかった。

そして、秋葉原へ向かった。

ライヴハウスについた。

テーブルの上にセッティングされている機材が

小さな赤いライトを点滅させている。

その様子が、火葬されて出てきた時を思い出させた。

それもきれいだと思った。





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2015.10.03 (土) 前夜.... [日 記]

そんなことで まず、

10/3()この日は、とある講習があるので土曜日ながらお休みを取っていた。

深夜の仕事も 利害の一致で交代してもらえた。

740分頃に家を出た。

講習を終え、買い物をし、

明日、棺の中に入れる花を頼んでから

14時頃に一旦帰宅、葬儀社からの連絡を待つ。

その間に 弟からメールで

母の誕生日や本籍(これは、住所と違うので)をわからないので聞いてきた。

とはいえ、聞かれたところで私もよくわからないのだ・笑。

金額が出ましたと言うので その先のローンの審査を待つが

なかなか連絡が来ない。

出かける40分前に 仕方がないのでこちらからかなりせかせたら

出かける15分前に メールが来たので審査のために いろいろと入力した。

審査に通ったとメールがきたので安心して

すぐに出かけた.... 秋葉原へ。

『佳子、ついてこいよっ』と思うも やはり存在を感じない。

それにしても こんな自分は、どれほどわがままなのだろうか?

母ちゃん、すまん。

と思いながらも 楽しみでわくわくしていたのだ。

ステージ脇のいつものところに固定カメラを置かせてもらった。

普段はそこに人が来ないので

日本茶と柿ピーを買って こっそりと母の席にさせてもらった。

ライヴが始まる頃には、そこにも何人かが座りだした。

『まぁ、いいか、寂しくなくて』と思った。

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『このGOODMANは、照明がすごくきれいなんだけど、煙草臭いのが辛いんだよ』

と、ことあるごとに心の中で自分なりに解説をしていく。

こんな世界があるんだと言うことや こんな音楽があると言うことを知ってもらいたかった。

私の愛する人や格好いい人やきっと不思議だと思える音楽や

ほぼ触れ合うことのないだろうパフォーマンスを見てほしかった。

途中途中、私は母のことをすっかり忘れる瞬間があって

でも、そんな時こそ、不思議とすぐ近くにいるような感覚にもなった。

死んでしまうということは、そんなことなのかもしれないとも思えた。

私は、さほど泣くこともなく、ただ時折現実を実感すると少し涙目になった。

昨日、霊安室からの帰りの電車の中で

先日、ベアーズで聞いた山本精一さんの「時には母のない子のように」の歌を思い出していた。

子供の頃、よく誰もいない部屋で歌っていた。

実のところ、私は母が嫌だった。

何ではわからないけれど、性に合わなかったのかもしれない・笑。

母が帰ってくる気配がすると吐き気まですることがあった。

特に声がなんとも感にさわった・笑。

申し訳ないことにいつしか声がする時には耳をふさぐようにもなっていた。

前世で何か因縁でもあったのではないかと思うほどにきつかった。

脳梗塞で倒れ、その声も出なくなり、聞こえなくなっても

時折、テレパシーのように脳に直に聞こえてくるのはあの声のままだ。

子供のころからずっと、そんな背徳の心でいたものだから

家から出られるような仕事を受けたりした。

たとえば、競艇の選手や自衛隊とか・笑。

小学校の時の担任が、話半分で

「自分たちに子供がいないので養子にください」と言った時には行きたかった。

そんな母へのいろいろなことを言ったある時、

同僚が「母親だからって、嫌いだって思っても良いんじゃないの」といってくれ、

この一言で 心はすごく軽くなった。

『そっか、嫌いだけど、恩はある人なんだ』と

自分のせいでいろいろと苦労をさせたのだから。

小学校の頃に 近所で赤ん坊の連れ去り事件があった。

魚屋をしていた母が、子供のいないはずの女の人が赤ん坊を抱いていたのはおかしいと

警察に確認するように言ったことがあり、それで犯人が見つかった。

一旦学校へ行くが、学校でそのことでいろいろときかれたり言われるのがいやで

黙って家に帰ってしまったことがあった。

小学校は、児童が一人いなくなったので大騒ぎになっていた。

私は、当時は平屋だった家の屋根に上って空を眺めていた・笑。

二階の窓から、隣のおばさんが「あら、かよこちゃん学校は?

と言うので あらかじめ用意してあった金槌で木の所を叩くふりをして

「うん、屋根を直しているからいいの」といった・笑。

このおばさんが、とろいというか今で言うところの不思議系だったので

「あら、偉いのねぇ。気をつけてね。」ですんでしまった。

その後、家に帰ってきた母にしこたま怒られた。

ある時には、その町の商店街の名物料理と言うことで

徳光さんの番組に出て テレビに映ったりした。

「料理も気になりますが、色っぽいおかみさんですねぇ。」と言われていたっけ。

母は、料理上手で通っていた。

一切習うこともなく、惜しいことをしたものだ。

ライヴ中、目の前のライヴを聞きながら

母を忘れたり、いろいろと思い出したり、なんだかとても不思議な感覚だった。

三脚等があまりにも重いので秋葉原のコインロッカーにおいて置くことにした。

翌日のために臨海斎場への行き方をプリントアウトしたり

バッテリーを充電したり、着ていく服を用意して

結局、そのまま秋葉原へ行くので 普段着で黒っぽく。

かばんは、赤だったりしました。

非常識ですまん、母よ。

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2015.10.02 (金) 残心.... [日 記]

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2015102日、午後1215分死亡確認。
母が、他界しました。
会社に特養から、心肺停止の連絡が来た。
まず、病院に搬送され、不審死としてそこに警察官が来ました。
その日の午前11時ごろに看護師さんが歯磨きをした時には元気だったそうで
12時ごろに遺漏のセットに来た時には、顔面蒼白ですぐに蘇生処置が行われた。
救急隊がきて やはり処置が行われたが心臓が動き出すことはなかった。
通常30分のところ40分の措置をほどこしたがだめだったと言う。
毎回通っていた遺漏のチューブを交換している○○病院、そこで母と対面した。
眠っているようにきれいな死に顔をしていた。
頭を撫で 頬に触れ、首に触れる。 もう、冷たくなっていた。
弟が来るのを40分くらい待つが、あとで霊安室へいけるというのでやむなく警察署ヘ見送る。
車が出る時になって 弟が来た。
それをみかけた担当の警察官が車から降りてきてわざわざ挨拶をしてくれた。
自分は、このところのどの調子が悪く、空調などでも急に咳き込んだりするので
病院の自販機でマスクを買った。
なぜだか、1つのところが2つ出てきた.... 得したのか....
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近くのサ店で、父・私・弟・弟の嫁でいろいろと話した。
妹夫婦は、不在だった。 (妹のだんなのお父さんが癌で見舞いに行っていた)
葬儀は、火葬のみ、墓は祖父の代でかなり大きなものを買っていたので
そこに入れるとのこと。
墓の下は、大人が立てるくらいに大きく、まだまだ余裕があるらしい。
昔、じじばばが変に自慢していたことを思い出した。
移動先の○○警察署に行った。
しばらく待たされ、安置所に行くと検死のために服を着ていないだろう母が
布に包まれ、白い布が顔に掛けてあった。
弟が顔を覆っていた白い布を取る。
3人で 母に触れ、焼香した。
弟の嫁が、すごく泣いてくれた。
実のところ、母はこの嫁をあまり好きではなかった。
なにが気に入らなかったのかはわからないけれど.....
まぁ、弟のことはかわいがっていたから、そんなものなのかもしれないね。
私も少し涙目になっていて それを見た警察官は少し目をこすっていた。
私たちが来る前にも ほかの現場に行っていたというから
本当に大変な仕事だと思うよ。 お疲れ様です。
警察署の駐車場に面した安置所は殺風景だった。
ただ、特養の母のいた部屋からしたら、かなり静かで寝やすいだろうと思った。
その部屋は、4人部屋でほかの人たちはそこそこぼけていた。
四六時中、なにやらつぶやいているばあさんやら寝息のうるさいばあさんが2人。
母は、脳梗塞で右側が動かず、失語症になっていた。
ただ、言葉はほぼわかっていたし、不慣れな看護師に支持したり、
点滴の速度も自分で調整したりすることができた。
少し神経質な部分のある母は、結構辛かったのではないかとも思う。
私の記憶の中の最後の母は、遺漏のチューブ交換を終えて
特養に帰ってきてからのお決まりの別れのシーンだった。
動く左手でバイバイとしながらも いつものように少し涙目の笑顔だった。
母の日に贈ったブリザードフラワーは、
看護師さんたちの大雑把な扱いでかなり壊れており、
「ああ、やっぱりケースないとだめだね。ぼろぼろじゃん。」と笑っていうと
母もあきれたように笑っていた。
次は、12月だったのでその時にまた別のブリザードフラワーでも持っていこうと思っていた。
帰る時に 動かない右手と動く左手をちょっと握る。
どちらも 結構冷たい。 それよりももっと冷たいなぁと思い出す。
さて、私といえば、こんな状況になってから
『まじか、今ですか、佳子(母の名前/よしこ)よ』とずっと思っていたのだ。
それは、翌日・翌々日の予定が詰まっていたからだった。
これは、日ごろ親不孝にしていた自分への最後のいやがらせだろうか?
とも思い、甘んじて受けねばならないかも.... と半分覚悟しつつ、
『どうにかならんものだろうか?』とも思っていた・笑。
母たちが元気な時に
「私は、葬式の日にライヴがあったら、葬式でないから、ごめんね」
と、何度も言っていたことも思い出した。
『もしやこれは普通ではありえない起こりえない私の希望をかなえてくれたんじゃないのか?』
と、ものすごーーーく自分勝手に解釈した。
つくづく、極楽トンボなのである。
『いつもの自分の行っている場所ややっていることを見てもらおう』と思った・笑。
佳子を引きずり回してみようと思った、せめて魂だけでもついて来いやぁって感じで。
意を決して、警察を出る時に翌日のことを弟たちに頼んだ。
帰宅してから、葬儀社を探した。
とりあえず火葬のみ、弟たちは区民葬とかもあると教えてくれた。
10/3は、警察から検死の時間と迎えに来る時間を聞いて
頼んである葬儀社と書類の制作があったのみ。
時間もそこそこ不明だったので 休みを取った弟にそのままお願いした。
費用を私が一人でローンで出すといったので
弟も妹も あとはほぼ言いなりで助かりました・笑。
まぁ、働けるうちが花なので しかも大恩あるしね、やってやりますよ。
今までありがとうって。
ただ、ずっと不思議なのが、死んで間もないのに
母の残心というか、なんかもうすでにそこにいる感じがまったくしなかった。
まぁ、死ぬというのがよくわからないので そんな感じなのかなぁと思うけれど。
帰宅してから、かなり不謹慎なことを思ったのは
例の彼氏が迎えに来たのではないかということだった。
死に顔の穏やかさときれいさ。
数日前に 父が面会に行った時も ちょっと咳き込むもとても元気だったという。
もしも、そうだったとしたら 私はむしろ、よかったと思えるけど。
父には悪いが、むしろ、うらやましいくらいだ。
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病院へ向かう空の青さの美しいこと....







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2015.09.06 (日) [日 記]

以前、もしもの場合の話として

「助けを求めている見知らぬ人間よりも飼い猫を先に助ける」

という話を同僚としていた時に

「やっぱり、猫より人間が先だよ」といわれた。

わしは、躊躇せずに「飼い猫に決まってるでしょ」

というと「まぁ、ペットは家族同様というからそうなるのかなぁ。」

と彼女が納得しようとするので

「いや、私は家族というよりも猫は猫として

 見知らぬ人間よりも飼い猫を猫と認識して優先するんだよ。」といった。

「ええっ、それはダメでしょ。人間が先だよ。」という彼女に

「だいたい、助けを求めているからといって

 絶対に助けなければならないってことはないと思うよ。

 しかも、自分を犠牲にしてまで。そんなのは情がなくちゃできないよ。」

そして、もっと前の話。

妹とニュースを聞いていた時だった。

大雨で河を見に行っていた親子のうち子供一人が河に落ちた。

そこを通った警察車両に助けを求めたがその警察官たちは、

目的地である土砂崩れの現場へ向かってしまった。

「なんで助けてあげないんだよ、警察のクセに。」と妹が言った。

「当たり前だろ、なんでそんな危険なところに

 子供連れで行った奴を助けなきゃなんないんだよ。

 土砂崩れで助けを待っている人たちがいるのに。

 それにそんな濁流に落ちていたら、もうずっと下流まで行っちゃってるし、

 そんなに助けたかったら父親が自分の責任で死ぬだろうけど、

 河に飛び込めば良いのに。」

「だって、この父親泳げないんだって言ってるじゃん。」と妹。

「泳げないなんてこと考えずに本当だったら飛び込んじゃうものだよ。

 だいだい、泳げもしないくせに守れもしないくせに

 そんな小さな子供をそんなところへ連れて行くこと自体がおかしいんだよ。」

「助けなければならないのではなく、助けたいと思えるかどうか」

それは、その人の自由であると、わしは今でもそう思う。

もちろん、その場を去ってはいるけれど、

ちゃんとほかの人に連絡はしていますよ警察だから。

先日、電車の中でふと浮かんだ言葉。

 間違いは、間違いだと気づいた時に訂正すればいいのです。

 多少、困難であったとしても

 気づいてしまったのなら、訂正すればいいし、しなければなりません。

 けれど、気づかなかったのなら

 それは、正しいことになるのです。

 それを情というのです。

 これは、結婚という契約に関しての思いです。


 

私は、見つけてしまったあの景色をあきらめないだろう。

たとえ、どんな非難にあおうとも心の罪になろうとも

私は、あの景色を見つけてしまったのだから。

この人生の中でこれほどまでの執着は今までにはなかったから。

一つの覚悟として 一つの望みとして

私は、心の中の私たちは、

私の願いを叶えてあげたいと思うのです。

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