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マスクのケンジ君... [・・・♪]



深夜のPのお仕事の話である。

だいたい、その頃の時間帯には同じお客さんが来る。

その男の人は、

いつも顔半分が隠れるようなマスクをしていた。

物腰も話す具合も とても優しげで

『もしかした、あちら側の方かな』と思っていた。

見えている眉と目元がとても素敵なのだ。

『昔の大槻ケンヂを彷彿とさせるなぁ』

と、目の保養で楽しんでいた・笑

髪も踊るダメ人間の頃のような茶髪交じりで

後ろを上手にまとめて下のところでお団子になっている。

何度か、わしのレジに来た時に

レジ袋に入れてあげたら

「ああ、ありがとうございますぅ」と

しっかりと目を見てニッコリ会釈。

『むっちゃかわいい・笑』と思っていた。


背丈は、猫背なのだが175センチは軽くあるだろう。

たいていしっかりしたコートのことが多かったので

わりとがっちりとしている印象だった。


そんななので

勝手に「ケンジ君」と名付けていた・笑

何か月も立つ頃、少し見かけなくなって....

昨日....

『んっ??? あれはもしや???

と、まごうことなきマスクの取れたケンジ君であった。

一瞬同一人物とわからなかったよ・笑。

ケンジ君は、意外とがっちりというよりもぽっちゃりで

夜だったせいか髭もちょろちょろと生えていて

唇がアンジェリーナ・ジョリーのようであった。


自分の中で勝手にイメージしていた顔とははるかに違っていた。

マスクだけって言っても

知らない顔というのは、どうとでも想像できるものなのだと驚いた。


そんな勝手にあだ名をつけている人が何人もいる。

割りばし王子、

小エビ(海老蔵似の小柄な人)、

中エビ(海老蔵似の少し大きめの人)、

カップ麺おじさん、

ドライアイス・メタル野郎、




あだ名とかつけていなくても

毎回来る顔なじみのちょっと面白い人たち。


楽しみながら 体を動かしてよい運動させてもらいつつ

お給料をいただけてありがたいことだと思う日々.....





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その身体は、借り物... [・・・♪]


いつのことだったか、

また、最近になって思い出したことなんですが、

今生きて使用している自分の身体は借り物で

死ぬ時になったら、返還しなくてはならない。

だから、変な使い方をして

壊したり、傷つけたり、自殺してはいけない。

といった考え方。


何かを読んでなのか、ふと感じたのか

そんなことを思ったのは、何十年も前の子供の頃だったと思う。

あの頃は、

どうでもいいことや どうしようもないことばかり考えていたから・笑


そんなことを覚えていた頃は、

自分なりに食事も気を付けたり体形や体重も気にしていた。

内臓でさえ、

もしもの時に人にあげられるくらいにいたいと感じていた。

人は、忘れるのである・笑

どんどんとだらしなくなってしまい、

こんな有様なんです...


よく、

「自分の身体なんだから、どうしようが勝手だろっ!!!」

という人がいるが、違うんだと思う。

こんなにしてしまっていても

やっぱり、借り物だったのに やばいなぁと思う。


今、父が肺気腫になり

今月86歳になったのだけれど、

寝たきりの状態で家に戻ってきた。

酸素の管を鼻に着け、苦しそうにしている。

が、

自業自得なので 同情の気持ちはさらさらにない。

なんどか、ここまでひどくならないで済むような転機はあった。

でも、

ことあるごとにタバコを吸った。

「やっぱり、吸うと苦しくなるんだよなぁ」

と、いいながら、

ここまでひどくしてしまった。


今、何が嫌かというと

食べられないというので 食べ残しを毎度捨てることだ。

これが、とんでもなく苦痛でならない。

一番、腹が立ったのは

「上に何ものってないから食べない」

といってそうめんを捨ててくれと言われた時だ。

「いい加減にしろよ、出されたものはちゃんと食え」

と、口の悪い自分は言った。


優しい言葉などは、かけない自分である・笑

はたから見たら、ひどいというかもしれないが

今まで 好き勝手にやってきて

今更、まだ、そうするのかと腹立たしい。


だから、

今、たばこ(こればかりではないけど)をやめられず、

開き直っている方に言いたい。

まぁ、第一の転機までは好きにするがいいさ・笑

病気になる人もならない人もいる。

けれど、周りの人は、その煙を吸っているわけだから。

だから、

呼吸が少し苦しくなってきたり、

医者から、吸わないほうがいいですよ、

そういわれるくらいになったのなら、

周りの人のためにも やめろっ!!!

そんなことで 介護費用を使わんでほしいのだ。

もちろん、たばこばかりが悪いのではない。

好きに食べまくって糖尿になったり高血圧になったり

それもいけないのだ。


とりあえず、死ぬまでは自分で食ってトイレに行けるようでありたいし、

あってほしい。


わしは、あと10kgはやせんといけないんだろうなぁ...

2.5kgは、減っているけど。

正味デブのままだ・笑

明日は我が身と気を付けようと思う。


肺胞は、壊してしまったら治せないらしいので

肺に白いものが写ってしまったら

ある意味、普通に生活できるうちにやめたほうがいいよ。


来月から、リハビリの人をいれるので

せめてトイレに行けるように頑張ってもらうつもりです。

退院直前は、どうにかそれができるようになっていたけれど

なかなか、継続はできずにいた。


ただ、寝ているだけでも 酸欠状態というので

濃い酸素を吸っているから、

火気厳禁だそうだ。

近くで火を使ってしまうと燃えてしまうといわれて脅されたのだけれど

実のところ、

たばこに火をつけるだけもできなくなってしまったという

なんとも皮肉なことだと思う...






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額の光... とは? [・・・♪]



今朝、通勤電車の中で

小さな女の子が、絶叫していた。


その子の母は、あわてているが

その子は、しばらく絶叫する。

あきらかに 嘘泣きだ。


また、ある時は

楽しそうに奇声を上げている男の子。

一緒に叫びたくなるほど楽しくなる。


昔、姪と甥が

本当に小さなころ、

私がオオカミの遠吠えの真似をしていると

そろって 真似をしてくるので

三人で 遠吠えをしていたら

妹に『いい加減にして』と怒られた・笑

あれは、本当に楽しかったなぁ.....


こいつらのエネルギーというか、湧き上がるパワーはなんなのだろう・笑

毎回、すごいと感心してしまう。

 

昔から思っていたことがある。


大人も子供も

その一人の持つエネルギーというものは全く同じで

子供だから小さな躰だから

エネルギーが少ないということはなく

命のエネルギーは

まったく、

同じなのだろう。


だから、小さな躰に納まりきらなくなると

どうしようもなく、叫んでしまう... のか?


そんなことを思い出していたら

天から言葉が降りてきた(根が気違いなもので・笑)


『もっと、額に光を感じないと自分自身の光を持てないよ。』


下ばかり見ずに 額に太陽の光を当てて

上を見ることが大切なのだと。


そして、

それは夜でもその額に太陽の光を感じること

前向きに 前に進んでいくこと...

そんなことをいろいろと考えてしまった。


  



写真は、何年か前の夏に撮った芙蓉の花の中にいるアリ。

花が太陽の光に透けてきれいだった。



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水の話 [・・・♪]



昔から、ペットボトルの水が好きではなかった。

なぜ、そう感じるのかはうまく言えずにいた。

おいしいと思わないというのも実感。


先日、分かった感覚でいうと

「どうにも生(しょう)がないのだ」

なんていうのか

前に 黒土を買って開けた時の感じと同じで

『生きている』という感覚がなかった。

ただ静かに存在しているような感じだろうか。


滞っているような感じだった。


水は、やはりさやさやと流れているほうがおいしそうだと思う。

そんな感じの水は、

口に含んでも さやさやとした感じがする。


私は、よほどでない限り水道水のが好きだ。











⇓ 新しい会社のポスト脇につけられている猫の足跡... 招き猫になるのかな? 

                                                                                                                 


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お天道様はみているという話 [・・・♪]



「お天道様は見ている」という感覚を

子供のころから、なんとなく持っていた。

悪いことをすれば、

必ず、報いがあると.....


以前の職場、いい年になってからのある日、

ささいなミスをくどくどと注意というよりも愚痴られた。

けれど、

その人も人のことがいえるほどでもない人で

女将さんになんどか注意されたけれど、

その人自身が女将さんの身内ということもあってその注意を聞かずに

くわえタバコでてんぷらを揚げるような女性だった。

私のことだけではなく、

その料理屋に嫁に来た人のことも

ぐずぐすと言い出した。

ひとしきり、お小言を聞いて事務室に戻る途中に

ふと、

「人のことばかり言って、こんな人しばらく声が出なくなればいいのに」

本当になんの感情もなく意識もなく

ふっと、小さな声で呟いた。


昼ごはんがすんで しばらくしてから

板場の人が「〇〇さん、鯛の骨がのどに刺さって話せなくなっちゃって。」

と、その人が話せなくなったらしく....

「ふーーーむ」と肝に銘じた。

だから、自分に悪いことがあった時、

自覚のあるなしにかかわらず

「きっと、悪いことしたんだなぁ。」

と思うようになった。


そんなことが、何度かあったので

いやなことを言われたり、された時には

「きっと、いつか報いがあるさ。」

と思うと、わりとイライラせずに済むようになれた。

ただ、

そうなったかどうかは、確かめられないことのほうが多いけどね。

 



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投げ銭ライブ [・・・♪]

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最近は、慣れてきた「投げ銭ライヴ」、

実のところ、はじめのころはいくら払えばいいものやら、結構、厄介だった。

「ライヴ代としてはじめから決まっていたらいいのになぁ」と思った。

そんな「投げ銭ライブ」になれてきた今日この頃(笑)、

とある京都でのライヴの時だった。

そのライヴの内容の例えようもないほどの素晴らしさに呆然とした(笑)。

その感覚は、演奏を聴きはじめてからほどなくやってきた。

「んっ? 何なんだこの感覚は....」

まるで淡い暖色系の空間に浮かんでいるような

純粋な多幸感の中に浸りきってしまった。

本当に はじめての感覚だった。

頭のおかしい表現をすると「愛の告白でもされているような・笑」

そんなもの凄い優しい愛情の中に浸っているように感じた。

「いやいや、こんな感覚初めてだぁ、へへへ」

と、あまりに幸せな感覚になってしまったため、

変にニコニコをこえて にやにやとしている自分がいた。

アーティストYは、「今日は投げ銭なんで、50円でもいいです・笑」

と、ライヴが終わって一言。

私は、とりあえず3000円を小さなそれこそ醤油さしのような木の皿に置いた。

それをみて「おおっ、すごい」と小声で隣の兄さんが言った。

私の斜め前に座っているYの常連の女の人が

知り合いの男の人に話しかけている内容が

「私、500円払いたいんだけど、1000円札しかなくて....

おつりで500円取ったら、お金取っていると勘違いされそうで....」

と、かなり長くぐずぐずと言っているのだが

私は、それを聞いてあまりにもムカついてしまった。

そんなに500円にこだわるものなのか?

小銭のある物だけを払えばいいのではないだろうか?

私の感覚からしたら、

その小皿にのせたお金はアーティストに対してのものなのだから

おつりと称されても そんな客に持っていってほしくない。

アーティストが、店に頼んで両替するのであれば構わないけれど、

おつりとして客に持っていかれるのは、

それは絶対に私としては嫌な感覚だった。

ところで3000円は、多いのだろうか? 

あのライヴに? 

少ないほどだった。

ただ、いくら払うか、それはその人の采配で構わないと思う。

500円払うつもりがそれがないというのなら、

店で両替してもらうか、ある小銭の金額を払えばいいのだから。

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中二の哲学... 人・人間 [・・・♪]

「人」と「人間」との違いは何だろうか?

確か中学二年くらいの時に授業の一環として

「自分という人間」というタイトルで作文を書かされたと思う。

しょっぱなで「自分は人間というよりも人でありたい」と書き出した・笑。

そう、人間という言葉・漢字のイメージで

「人と人の間」というものに対して かなり嫌だったのだ。

だからまず「自分は、人でありたい」と書いた。

これは、家の事情から人の繋がりや人間関係のわずらわしさを

子供ながらにクリアーではなくとも実感していたからだと思う。

母親と祖母、親戚たち、両親たちの

目に見える・見えないややこしい事柄に関係していた。

山形の田舎から東京に就職していた母は

自己申告ながら(笑)、美人でもてもてだったらしい。

そこへ当時は羽振りの良かった父との見合い話を

務めていた会社の社長さんから言われ、

実のところ田舎に好き合っていた人がありながら

恩のある人だったので見合いをせざるを得なくなり、

結局はすすめられるままに結婚したという。

母たちの若い頃だったので当時文通だけの交際だった。

相手は教師になりたての人だった。

相手の人もそんなにお金があって跡取りで

先方から望まれているのだったらと身を引いたというが。

わしの思うところ、東京にいたかったし、

そこそこお金があるのならと選んだのではないかとも思える。

相手も気弱で身を引くくらいだし.... 

ところがそんな打算は、家に入ってみたら大間違いで

商売も魚屋で朝から晩まで働き、さほど財産もなく、舅小姑がわんさかいて、

祖母はケチでえばっていて、祖父は女遊びばかりしていて....

と、こんなに書くとぼろぼろな内情ですが、まぁそんなところだったのです。

後からの話では、その好きだった人は校長先生にまでなったということで

「あの人と結婚していたら」と妹にぼやいていたらしい。

わしは、こうゆう時に思うのは

「きっと、母と結婚しなかったから校長先生になれたのではないか」

ということで わりと子供のころからそういったひねた考え方をする方で

ある意味、大人たちからは煙たがられていたわけです。

しかも後日談で、その人は母が入院した時に白いバラの花束を持って来たという。

それは母がねだったからというのだ・笑。

そして、その男の人は自分の長女にわしの母親の名前をつけて、

それが奥さんにばれて大変だったという。

そんなに好きだったんなら、なぜ、人は別れたりするんだろう。

しかも、当時双方の思いもをわかっていたのに。

ただ、片思いで後日両想いであったと知るのであったならいざしらず....

『星影のワルツ』という曲を聞きながら涙ぐむほどの後悔。

それも強要されたのでもないのに「恩があったから」とは理解不能。

直接、母に聞いた時には「無理強いするような社長さんではなかった」と言っていたし。

だいだい、本当に嫌だったら絶対に逃げ出しそうな母なのだ・笑。

やはり、天秤にかけたのだと思う。 選んでしまったのだと思う。

そう素直にいえば、むしろ致し方ないなぁと思うけれど。

小学生の頃、「おばさん」と呼ばれていた人が祖父のお妾さんで

年上のいとこがその人の子供たちと知るのは高校生に入る前の頃だったと思う。

ただ、妹はもっと前から、しかもすごくディープなことまで知っていた・笑

そんな強烈な環境の中でも

今思えば、意外と笑い声の絶えない家であったとも思う。

先日、とあることから30歳前後の自分の子供くらいの人たちと

打ち上げと称する環境で話すことがあったのだけれど、

『なぜ、結婚していたり、愛する人がいるのに他に目が移るのだろうか』

それが、心変わりというものなのだろうか?

わりと普通に目移りするようなことを言うので理解できない。

自分も結婚していたり、長く付き合ったりしていたら

そんな気持ちになってしまうのだろうか?

と、話がそれて行き始めましたが、

それで、ずっとそのわずらわしい人と人の間ではなく、

自分は一人の人として生きて行きたいと思ったわけです。

そんな因果で一人のままなのかもしれない・笑。

50年もかかってやっと見つけた

『複雑で細やかな魂の光を持つ希有な人』は持ち去られ。

って、自分のものでもないのだけれど

..... どうにか、奪還したいものだが・笑。

ほとほとに天を仰ぐばかりな心境なのであります。

と、愚痴に突入しそうになるのでもとの話に戻りましょう...

中学の古典の時に夜這に来た男の人が

笛を吹いて合図をするという場面の話を聞いた時に

「なんでもっとこっそりとこないものかな」と心の中で思っていたら

先生が解説をしながら女の人の心境で「こっそりとくればいいものを」と説明して

「まぁ、君たちにはわからないかもしれないけれど、

もっと大人になるとこの心境がわかります。

まぁ、このクラスにはそんな心境を分かる子はまだいないと思うけど」

的なことを言われ、「んっ」と思い顔を見上げると、

先生と目が合うも『ないない』と目を伏せられてしまった・笑。

ずっと、人間と人のことを考えたりしていて

いっそのこと山奥で炭焼きをして暮らしたいと心底思っていた。

炭焼きがものすごく大変なことは知らなかったので...

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脳内バランス [・・・♪]



ƒ脳内バランスというものがあるとすると

今は疲れるけれど、とてもいいように感じる。

以前のように事務仕事ばかりの時、

たまにいろいろと駄目になる周期があり、

仕事も妙なミスをしたりしていた。

ライヴに行くことで天秤のような

左右にふらふらとするようなバランスができた。

そして、ライヴのビデオを撮らせてもらえるようになると

ふらふら感はなくなりだした。

でも、ある時期にぱたっと倒れることがあった(これ、比喩です・笑)

これが2点バランス。

これは、気持ちのバランスでなんだかどうしようもない感覚なのだ。

レジのバイトをし始めると昼間の仕事の変なミスがなくなった。

これが3点バランス。

左右の脳がとてもバランスよく感じ始めた。

そして、4点バランスをと欲張ってはみたけれど、

どうも如何ともしがたく、

そんなところの迷いから馬鹿な失敗を繰り返してしまう。

4点バランスになれたら、本当に心が楽になれるのだろうか? 

かなりの欲張りで忙しくて、どうとも確信は持てないけれど。

私は、そんな夢の景色を近年にはないくらい

かなり強く願っているのだ・笑。

けれど、それは思いもよらぬことから頓挫してしまった。

でも、私はそれをあきらめてはいず、

恐ろしいほどの『できるかも』という確信はなくならない。

ある意味『自分は病んでいるのだろうか?』と思えるほどに。

もしかしたら『極楽とんぼだからだろうか?』...ふむ。

 

以前、単純なゲームにはまり、各画面をすべて書留、

迷路というものは指で覚え、

クリアーするのに3日間位ほぼ寝ずにやりとおしたことがあった。

「だめだ、わしはこうゆうことをしてはいけないタイプなんだ」

と自覚してやめることにした。

ハガキより小さいサイズのゲーム機の時にも熱中してしまったことがある。

車でどんどんと追い越したり、

対向車をかわしたりして行くゲームで

いつの間にか車と車の隙間を斜めにすり抜ける技を覚え、

いつしか画面の一番上のレーンにとどまり、

対向車を見ることなく適当にかわして

99(最高点)に達するようにまでなったことがある。

そのゲームの所有者の弟が「それってなにしてんの」と驚くので

「超能力だ」と適当に答えたことがあった・笑。

まさに感としかいえないもので

「だめだ、やっぱり終わるまでやめられなくなる」

と、危険なのでやらなくなった。

人がゲームをしているのをアニメを見ているようで楽しくみられる。

そのほうが気が疲れないからだ・笑。

そして、今の少々無理と思える時間の中での生活を

なぜへらへらと続けていられるかというと、

私には、この状態をやりとおそうという気持ちがないからだ。

本当に自分が無理になったらケツまくって逃げる算段でいる。

『かあちゃん、その時にはごめん』と思っている。

だから、いつでもやめられる・逃げられる

思っているからやっていられるのだ。

ただ、この生活ができたことはとてもよかったと思えた。

人生50年たっても、まだまだいろいろなはじめてがあるし、

それに気づくことができて体験できる機会を持てて、ありがたいと思う。

そんな中、私はここ数年別の初めてに思いを馳せていた。

そして、それを考えるだけでもがんばれたけれど、

その初めてが微妙になってきていてかなり悲しい。



以前、社長が拾ってきた亀を

もらってこようかとも思ったことがあったけれど、

よくよく考えてみたら、

朝の八時に出社すると深夜パートのある日は帰宅が夜中の一時になる。

そうなると15時間餌をあげられないし、

あげられるのも真夜中になってしまうので、

これは無理だとやめておいた。

今の段階では爬虫類くらいしか飼えない、まぁ嫌いじゃないけど。

ペットを持つなどは、

自分の中ではかなりの贅沢なのであります。

そんなことでいつまでやり続けるのか自分でもわからない....



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春に思ったりすること (春と関係ないですが・笑) [・・・♪]

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Twitter・ Facebook などで

ライヴのお誘いなどをいただくことがありますが

前々から「これは、どれくらいの意図があるのだろう」と悩んでいました。

いっせいにフォローしている人に送られるものなのか? 

とりあえず、送る相手を意識して送られるものなのか?

はじめは、それなりに

『 参加 』 『 不参加 』 等のぽっちを押したりしていたものの、

現状、行けないことのほうが多いもので....。

しかも絶対に行けない日であったなら

すぐに『 不参加 』と返信するのもなんだし... 

で、いっそのこと何もせずに行ける時だけ、

予約を入れたりしていたのだけれど... 

実のところ、どうしたものかと考えてしまう。

休みであったとしてもやることもやりたいことも滞っていたりするし。

そして、ライヴハウスだとタバコが本当に駄目なので... 

これは、嫌いというよりもアレルギーに近くなってきていて

帰宅途中の電車の中では

自分がタバコ臭くなっているせいで咳込みながら帰るのだ。

そして、数日間は目がかなり痛くひどい時には充血している。

そして、のども痛く、これも何日間も続く、

のどというか扁桃腺が痛く耳まできてしまう。

昼の仕事はそこそこごまかせて大丈夫だけれど、

夜のバイトでは、大変困る。

まず、休めないので体調管理は万全にしたい。

ということでお誘いは告知としていただけたら嬉しいですが、

これからは、やはりはっきりと『 不参加 』の時には

早々に愛想もなく、ぽちっとしてしまうご無礼をお許しください。

そして、日曜日は交代する人がいなくて休めそうにない。

一緒に日曜日出ている人たちは

私に休みがないということもわかるので

「月の内半分くらい出てもらえないかなぁ」という。

けれど、交代がいないので

当然その日曜日は一人減った体制でということらしい.... 

れもなんだしなぁと思う。

学生は翌日学校があるからというが

別の日もあるではないかとも思うんだが。

私に切実感がないのがいけないらしいが、

実のところかなり欝にはいりつつあるのだ・笑。

人間と接しなくてもよい日がほしくなってきたのだと思う。

一人でいる時間がほしいのだと痛切に実感している。

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リアルな夢というか.... [・・・♪]

最近は、なかなか見ないのだけれど

以前は、割とリアルであったり、

しっかりとした筋書きのある夢を見たりした。

けれど、リアルとはいっても 現実感のないものもあったりする。

しかも、まったく同じ濃い夢を何度も何度も見たりした。

そうすると、なんだかとても深い意味でもあるのではないかと

勘違いとでもいえるくらいに 思い込んだりしたこともある・笑。

悲しい夢では、現実では思ったこともないくらいの切なさと悲しみで

泣きながら眼が覚めたこともある。

妙に面白い夢では、自分の笑い声がうるさくて

眼が覚めたこともあった。

 ・

 ほの暗い森の中を歩いていた。

静かで自分が落ち葉を踏む足音しかしないような森の中、

あてもなく、ただただ歩いていると

ずっと前のほうに何かの気配を感じた。

ぶわぁーーーっと、風が吹いてきて

その風にのって声がした。

「おまえは、なにものだ?」

低く大きな何かを感じさせるような声、

姿はなく声だけ.....

ちょっと、ひびりつつも

「わたしは、わたしだっ」と開き直ってみた。

「そおか」と少し間を持ってその何はいうと

「ははははっ」と高笑いをして消えていった。

私は、その人を愛していた。

けれど、その人とは別れゆくところのようだった。

けれども、泣くでもなく、悲しいというのでもなく

深く深く再びめぐり逢うであろうという

なにか、とてつもない信念のようなものの中にいた。

頭の中に 響いた言葉、

「名前など、忘れてもいい

姿など、忘れてもいい

けれど、私のことを決して忘れてはいけないよ

決して忘れないでおくれ」

自分が言っているのか、相手から言われているのか

よくわからなかったけれど。

なにか、とても心に残っている。

夢の中で わりと夢であるとわかっていることが多い。

一時期は、空を飛ぶ夢ばかりを見ていて

飛ぶ時に 泳いでいるのはなぜなのか?

そして、飛び続けられるのと落ちてしまうのでは

現実の生活での心持が、かなり影響しているのだ。

そのまま落ち続け、あと数十センチというところで

何度か起きることもあった。

そんな時に考えるのは

「あのまま地面に落ちても起きずにいたらどうなるのだろうか?」

しあわせな優しい夢もある。

20歳くらいの頃、何度も見た夢は

何もない草原に自分一人。

ほどほどの大きな木が自分の横にあった。

雨の時には、その葉で雨があたらないようにしてくれた。

すごい日差しの時には、影を作ってくれた。

そして、冬。

自分は、ひざを抱え丸くなって雪の中に埋もれていた。

けれど、その木が横にあったので

少しも寂しくはなかった。

風が吹けば、さやさやとやさしい音を奏でた。

その木にもたれているだけで

とてもつもない安心感で居心地がよかった。

いつしか、そんな人を探していたのかもしれない。

あれもこれもいりはしない、たった一つのその木があれば

本当に穏やかでやさしい心でいられるのだなと思っていた。

すこし忘れていたそんな心を思い出しています。

月があまりに光り過ぎるので.....

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