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中二の哲学... 人・人間 [・・・♪]

「人」と「人間」との違いは何だろうか?

確か中学二年くらいの時に授業の一環として

「自分という人間」というタイトルで作文を書かされたと思う。

しょっぱなで「自分は人間というよりも人でありたい」と書き出した・笑。

そう、人間という言葉・漢字のイメージで

「人と人の間」というものに対して かなり嫌だったのだ。

だからまず「自分は、人でありたい」と書いた。

これは、家の事情から人の繋がりや人間関係のわずらわしさを

子供ながらにクリアーではなくとも実感していたからだと思う。

母親と祖母、親戚たち、両親たちの

目に見える・見えないややこしい事柄に関係していた。

山形の田舎から東京に就職していた母は

自己申告ながら(笑)、美人でもてもてだったらしい。

そこへ当時は羽振りの良かった父との見合い話を

務めていた会社の社長さんから言われ、

実のところ田舎に好き合っていた人がありながら

恩のある人だったので見合いをせざるを得なくなり、

結局はすすめられるままに結婚したという。

母たちの若い頃だったので当時文通だけの交際だった。

相手は教師になりたての人だった。

相手の人もそんなにお金があって跡取りで

先方から望まれているのだったらと身を引いたというが。

わしの思うところ、東京にいたかったし、

そこそこお金があるのならと選んだのではないかとも思える。

相手も気弱で身を引くくらいだし.... 

ところがそんな打算は、家に入ってみたら大間違いで

商売も魚屋で朝から晩まで働き、さほど財産もなく、舅小姑がわんさかいて、

祖母はケチでえばっていて、祖父は女遊びばかりしていて....

と、こんなに書くとぼろぼろな内情ですが、まぁそんなところだったのです。

後からの話では、その好きだった人は校長先生にまでなったということで

「あの人と結婚していたら」と妹にぼやいていたらしい。

わしは、こうゆう時に思うのは

「きっと、母と結婚しなかったから校長先生になれたのではないか」

ということで わりと子供のころからそういったひねた考え方をする方で

ある意味、大人たちからは煙たがられていたわけです。

しかも後日談で、その人は母が入院した時に白いバラの花束を持って来たという。

それは母がねだったからというのだ・笑。

そして、その男の人は自分の長女にわしの母親の名前をつけて、

それが奥さんにばれて大変だったという。

そんなに好きだったんなら、なぜ、人は別れたりするんだろう。

しかも、当時双方の思いもをわかっていたのに。

ただ、片思いで後日両想いであったと知るのであったならいざしらず....

『星影のワルツ』という曲を聞きながら涙ぐむほどの後悔。

それも強要されたのでもないのに「恩があったから」とは理解不能。

直接、母に聞いた時には「無理強いするような社長さんではなかった」と言っていたし。

だいだい、本当に嫌だったら絶対に逃げ出しそうな母なのだ・笑。

やはり、天秤にかけたのだと思う。 選んでしまったのだと思う。

そう素直にいえば、むしろ致し方ないなぁと思うけれど。

小学生の頃、「おばさん」と呼ばれていた人が祖父のお妾さんで

年上のいとこがその人の子供たちと知るのは高校生に入る前の頃だったと思う。

ただ、妹はもっと前から、しかもすごくディープなことまで知っていた・笑

そんな強烈な環境の中でも

今思えば、意外と笑い声の絶えない家であったとも思う。

先日、とあることから30歳前後の自分の子供くらいの人たちと

打ち上げと称する環境で話すことがあったのだけれど、

『なぜ、結婚していたり、愛する人がいるのに他に目が移るのだろうか』

それが、心変わりというものなのだろうか?

わりと普通に目移りするようなことを言うので理解できない。

自分も結婚していたり、長く付き合ったりしていたら

そんな気持ちになってしまうのだろうか?

と、話がそれて行き始めましたが、

それで、ずっとそのわずらわしい人と人の間ではなく、

自分は一人の人として生きて行きたいと思ったわけです。

そんな因果で一人のままなのかもしれない・笑。

50年もかかってやっと見つけた

『複雑で細やかな魂の光を持つ希有な人』は持ち去られ。

って、自分のものでもないのだけれど

..... どうにか、奪還したいものだが・笑。

ほとほとに天を仰ぐばかりな心境なのであります。

と、愚痴に突入しそうになるのでもとの話に戻りましょう...

中学の古典の時に夜這に来た男の人が

笛を吹いて合図をするという場面の話を聞いた時に

「なんでもっとこっそりとこないものかな」と心の中で思っていたら

先生が解説をしながら女の人の心境で「こっそりとくればいいものを」と説明して

「まぁ、君たちにはわからないかもしれないけれど、

もっと大人になるとこの心境がわかります。

まぁ、このクラスにはそんな心境を分かる子はまだいないと思うけど」

的なことを言われ、「んっ」と思い顔を見上げると、

先生と目が合うも『ないない』と目を伏せられてしまった・笑。

ずっと、人間と人のことを考えたりしていて

いっそのこと山奥で炭焼きをして暮らしたいと心底思っていた。

炭焼きがものすごく大変なことは知らなかったので...

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脳内バランス [・・・♪]



ƒ脳内バランスというものがあるとすると

今は疲れるけれど、とてもいいように感じる。

以前のように事務仕事ばかりの時、

たまにいろいろと駄目になる周期があり、

仕事も妙なミスをしたりしていた。

ライヴに行くことで天秤のような

左右にふらふらとするようなバランスができた。

そして、ライヴのビデオを撮らせてもらえるようになると

ふらふら感はなくなりだした。

でも、ある時期にぱたっと倒れることがあった(これ、比喩です・笑)

これが2点バランス。

これは、気持ちのバランスでなんだかどうしようもない感覚なのだ。

レジのバイトをし始めると昼間の仕事の変なミスがなくなった。

これが3点バランス。

左右の脳がとてもバランスよく感じ始めた。

そして、4点バランスをと欲張ってはみたけれど、

どうも如何ともしがたく、

そんなところの迷いから馬鹿な失敗を繰り返してしまう。

4点バランスになれたら、本当に心が楽になれるのだろうか? 

かなりの欲張りで忙しくて、どうとも確信は持てないけれど。

私は、そんな夢の景色を近年にはないくらい

かなり強く願っているのだ・笑。

けれど、それは思いもよらぬことから頓挫してしまった。

でも、私はそれをあきらめてはいず、

恐ろしいほどの『できるかも』という確信はなくならない。

ある意味『自分は病んでいるのだろうか?』と思えるほどに。

もしかしたら『極楽とんぼだからだろうか?』...ふむ。

 

以前、単純なゲームにはまり、各画面をすべて書留、

迷路というものは指で覚え、

クリアーするのに3日間位ほぼ寝ずにやりとおしたことがあった。

「だめだ、わしはこうゆうことをしてはいけないタイプなんだ」

と自覚してやめることにした。

ハガキより小さいサイズのゲーム機の時にも熱中してしまったことがある。

車でどんどんと追い越したり、

対向車をかわしたりして行くゲームで

いつの間にか車と車の隙間を斜めにすり抜ける技を覚え、

いつしか画面の一番上のレーンにとどまり、

対向車を見ることなく適当にかわして

99(最高点)に達するようにまでなったことがある。

そのゲームの所有者の弟が「それってなにしてんの」と驚くので

「超能力だ」と適当に答えたことがあった・笑。

まさに感としかいえないもので

「だめだ、やっぱり終わるまでやめられなくなる」

と、危険なのでやらなくなった。

人がゲームをしているのをアニメを見ているようで楽しくみられる。

そのほうが気が疲れないからだ・笑。

そして、今の少々無理と思える時間の中での生活を

なぜへらへらと続けていられるかというと、

私には、この状態をやりとおそうという気持ちがないからだ。

本当に自分が無理になったらケツまくって逃げる算段でいる。

『かあちゃん、その時にはごめん』と思っている。

だから、いつでもやめられる・逃げられる

思っているからやっていられるのだ。

ただ、この生活ができたことはとてもよかったと思えた。

人生50年たっても、まだまだいろいろなはじめてがあるし、

それに気づくことができて体験できる機会を持てて、ありがたいと思う。

そんな中、私はここ数年別の初めてに思いを馳せていた。

そして、それを考えるだけでもがんばれたけれど、

その初めてが微妙になってきていてかなり悲しい。



以前、社長が拾ってきた亀を

もらってこようかとも思ったことがあったけれど、

よくよく考えてみたら、

朝の八時に出社すると深夜パートのある日は帰宅が夜中の一時になる。

そうなると15時間餌をあげられないし、

あげられるのも真夜中になってしまうので、

これは無理だとやめておいた。

今の段階では爬虫類くらいしか飼えない、まぁ嫌いじゃないけど。

ペットを持つなどは、

自分の中ではかなりの贅沢なのであります。

そんなことでいつまでやり続けるのか自分でもわからない....



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月と心と我がままに...  [日 記]

月が好きだ。

今の季節は、角部屋なので

時間によって 窓とべランドから 月が見られる。

その月を眺めながら寝られる。

建て直す前の平屋の時も

縁側に座って 月を眺めていた。

「いつか、こんな贅沢な空間にはいられなくなるんだろうなぁ」

と、ぼんやりと思っていた。

 形は変わってしまったが、

今もその贅沢はささやかなバランスで続けられている。

どんな時にも 月は私を見ていた。

悲しい時にも 涙が出て仕方がない時にも

憤っていた時にもニコニコとしていた時にも

そこに月があると どんな時にも心が慰められた。

いろいろな心で月を眺めていた時に

「この月は、みんなが見ていて

人それぞれの心で見ているんだろうなぁ」って思った。

そんなふうに思うと 激しい気持ちが和らいだ。

そして、自分だけの月がほんの少しほしくなった。

 ・

 心を月にたとえると月の満ち欠けに移ろいやすいので不吉だ

と、いうことをいわれるけれど(白鳥の湖でのワンシーンとか・笑)

それは、まったくの勘違いだろう。

ただ、その一部が見えないだけで 月は丸いままなんだから.....

人の心も同じで 見えないから わからないから

だから、ないと思ってしまうことがあるけれど

見る視点を変えると そのすべてはそのままに存在している。

 ・

ブラックラズベリーを収穫していた時、

一方から見ると収穫できる実はなかった。

けれど、斜めから見たり、横から見ると実はたくさんなっていた。

その時に 物事はいろいろな角度から見るべきだと実感した・笑。

人生、何事も学ぶことは多いんだね。

そして、すべての行いは、その一つではなく、多くの景色を含んでいるわけで

それに気づけるかどうかは、得した感程度でしかないのかもしれないけど、

たとえ、知りえなかったとしても

知らなかったのだから損もしていないわけだ。

私は、一白水星なので 本質は水。

水は滞ると腐るということから

本来は、実家から早くに出なければならないらしい。

一度、建て直す時に一人暮らしをしただけで

ローン返済を担って 再度実家に戻った。

そこのところを踏まえて

20歳頃に頭に響いた問いかけに対する答えをこのごろ感じることができた。

さて、

私の気違いたるゆえんの一つの幻聴のことだ。

その時がはじめてではなかったけれど

それらは突然に頭の中に響いてくる。

風呂に入っていた。

髪を洗っていた時だった。

例のごとく声がした・笑。

『水は、なぜ上から下へ落ちるのかわかるか?』

「えっ、えっ、何?」

思わず振り向いてしまった。

驚く間もなく、そのじいさんの声は頭の中へ直接響く、

『水は、なぜ上から下へ落ちるのかわかるか?』

「知るわけないだろっ」

と、半ばこんな時にうるさいなぁと思いながら頭の中で応えると

『それは、おまえたちがそう考えるからだ。

だから、水は上から下へ落ちるのだ。』

そして、ラップ音と共にその声は消えた。

自分が水であるならば、

私は沸騰して水蒸気となって天に昇り、

雨となって地に下りて...

自ら巡回してやろうと思った。

この頃、へこたれる時もあるけれど

妙に 自分の中に何かパワーを感じることがある・笑。

更年期だからか?

この年になって 『わがまま』という言葉が心に響くのだ。

『わがまま』であれ、君よ。

我がままに その心に響く行いをしてほしい。

決して後悔のないように

もう、充分に一人の人の抱える分の悲しみは抱えているのだから。

いつも満月でいるのは疲れるのだ。

たまには、まったく見えなくなっても良いではないか。

ああ、それにしても やっぱり宝くじに当たりたい・笑。

今、ほしいものがある。

とっても高くてとっても必要な大切な...

私は、それを見つけるために今に生き残ったんだと思える。

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