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さて、方向転換... [秀夫ちゃん介護記録]


 

地元近くの病院で

医者、弟を呼んでの最終的な話し合いのため

仕事を早めに終わらせた。


職場の駅の踏切で

ふと、何かに呼ばれたように空を見上げると

初めて見る雲の中の虹があった。

写真だとうまく写らないけれど、実際にはわりとはっきりと見えた。


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私は、今日すべての治療をあきらめて

あとは、本人の体力に任せます... と、いうつもりだった。


ただ、これを見てしまうと

もう少し、やらせてもらってもいいものなのではないかと

心が揺らいでしまった。


ずっとずっと、考えていた。





あと、15分くらいで着くであろうバス停で

また、空を見てみた。


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きれいだった...




とりあえず、病室につき、父が起きていて聞けるようだったら

「胃ろうにする?」と、聞こうと思った。


前日、考えていて 朝の5時ごろに寝たので眠たかった。


実のところ、夕べもなんだかこのまま死んでしまうようにも思えなかった。

年齢的にも 無理に永らえるのも理不尽だ。

本人が、どうしてもというのなら別だが。

本当に小柄なので

40代くらいの時でさえ、ベストが45kくらいだったと思う。

そんなだったから、

若いころにはよく、競馬の騎手にスカウトされたそうだ・笑


骨川筋衛門といわれたりしてね・笑


『もう、何もしなくてもいいよ』といった父の言葉が

本当にそれでよかったのか、確認したかった。


まずは、前日の医者との会話での

自分の中での勘違いが、気持ちの中にずっとあった。

病室について、弟夫婦がいたので

昨日からずっと思っていたことを言った。


家では、栄養が取れないので

病院で栄養価の高い点滴をして様子を見ようと思っていた。

(この栄養の高い点滴は病院での処理が必要だと言われたから)

現実、それをしていての現状なのだと思っていた。

ならば、もう仕方がないのだろうと...。

ただ、

はじめの私たちの言葉での「延命措置」はしない、

という意向通り、ただのスポーツドリンクに毛の生えた点滴だけだった。

私たちは、この栄養価の高い点滴を延命措置とは感じていなかった。

そんなことならば、

一日であれ、10年であれ、完治であれ、

すべての治療は、「延命措置」なのではないか?

無知なのは、開き直りでの承知の上だ。


私たちが「胃ろう」を延命措置だと認識していなかったのには

以前の母での処置過程にあった。

母の時にも 本人の希望もあり、

無理な延命、人工呼吸器などはしないということで

「胃ろう」という処置が、今回の医者のいう「延命」というほどの

重みもなく、はじめられたからだ。


病室につき、私たち三人がざわざわと話していたので

父も徐々に目を覚ましたようだった。

多少耳が遠くてわかりずらかったけれど、

それなりに会話と頷きや笑いがあった。


私も ここまで意識がはっきりとしていると

このまま、ある意味ほっておくというのも変な気がした。



そうこうしていると医者が来たので

別室で話が始まった。

前日までの私の様子でこのままでいいのだろうという感で

医者の話ははじまったが

それを遮断して弟が涙目で(後から病室に戻って見たらそうだった)

医者にいろいろと聞き始め、

その嫁も「これであと終わりなんて私はいやです。」と

ドラマみたいな展開となった。

医者は、「お話はまとまっていなかったんですか」と

すこし厄介そうなそぶりを見せた。

そして、

父の状態が、飢餓状態でうんぬんとはじめ、

「このまま、お看取りという方法も」

と話を進めようとしていったので

前々から思っていたが、せかされるような感覚だった。


で、

結局のところは、


高栄養な点滴をはじめ、様子と体力の回復を見て

胃ろうにしていくということになった。

そして、在宅介護だ....


今までと違うところは、

「胃ろう」となるといままでのようにヘルパーさんではできないことだ。

これによって

私の負担と経済的な負担とで

どれくらいになるか....


なるようになるのか?

あとで 後悔するのだろうか?


話し合いから、病室に戻ると

例のミキサーライスがあった。

父も起きていて ふがふが言いながら笑っている。

弟の嫁が、

「こんなに話せて意識もあるのに...」

と言った。

「もともと、くいじがはっているから。

食べられればいいんだけどね。

前も寝ている時に

スプーンですくって何か食べている仕草をしていたから。」

と私が言うと 嫁もうんうんと頷いていた。



しばらくして 外に出た。

「ねぇねぇ、あの医者なんかおかしいよ」

「なんであんなに 終わらせようとするわけ」

「だいだい、目つきも悪いよ。見開いちゃってて」

弟夫婦が、私のそれまで思っていた医者への印象や不満を

同じようにぶちまけていたので

「やっぱ、そうなんだ」と、少し安心した。


ただ、「延命措置」に関しての

認識の違いは、もっとこちらも尋ねてもよかったのかもしれない。


実際、これからの措置をしたからと言って

高年齢でもあり、

その途中で どうにかなるかもしれないのだ。





病院に入る前のきれいな三日月の空。


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6月20日、週末は見舞いに行けないので

様子を見に行った。

点滴内容が変わっていた。

早々に やってくれたようだ。 ありがたい。


父は、また寝ていたが

例のミキサーライスが並んでいた。

看護婦さんにいって食べさせてみようと思い

父を起こしてみる。

「ご飯食べる?」と聴くと

はっきりと「うん」と言った。

いろいろな管を外してしまわないように

ミトンのような柔らかいグローブをつけられているので

私が6種類くらいあるものをスフーンで食べさせてみた。

それぞれ各3スプーンずつ食べた。

少ないけれど、

ざっと見てみても全部食べるのであれば

どんぶり軽く一杯にはなると思う。


グローブが痛いとか

飯がまずいとか、水が飲みたいとかいうが

「もう、どうでもいい」とかいうことは、一言も聞いたことがない。

本人は、わりと死ぬ気がないように見えた・笑

トイレに行きたいとか、なんどか普通に言ってたり...

やはり、極楽とんぼなのか、

ある意味いいことなのだと思った。


少し痛がっていたりする様子を見ていると

永らえさせることも 悪い気がしてくるが

本人が、頑張っている間はやれることをやるだけだと思った。



 


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最後通告....6/18 (月) [秀夫ちゃん介護記録]


さて、今日の医者との話し合いで

私は、勘違いしていたことに気が付いた。


延命措置ということ。


私は、意識もなくなり、人口呼吸が延命措置と思っていた。

ある意味、胃ろうも延命措置だということだった。


私は、入院してからの点滴が

自宅でしていたものよりも高栄養のものかと思っていたが

家でしていたものと同じでスポーツドリンクよりちょっといいものであった。


胃ろうにするのであれば、もう少し早めにするべきだったと

いまさら言われた。


今日見た父は、やはり干からびていたよ・笑

ずっと寝ていて

私が、父を覗き込んでいたら

若い看護婦さんが来て

「魚秀さんのおじさんだったんですね。

顔が似ているなあと思って聞いてみたら

そおだよっていってて」

「小さいころにかわいがってもらっていて

デパートの中を乳母車でぐるぐる回ってもらって」

とのことだった。

自宅の近くということで こんなこともあるものですね。


ずっと寝ていたけれど

一瞬気が付いたのか、しわしわの笑顔をした。

入れ歯のない口で少しふがふがとして

また、寝てしまった。


この状態のままだと 一週間持たないといわれた。


私は、胃ろうにこだわっていたが

先生からは、人間の尊厳とかなんとか言われた。

明日、弟と医者に最後の話をしに行く。


なんか、まだのような気がしてならないんだが.....

そんなものなのだろうか。


再入院した時点で

もっと、ちゃんと先生と話しておくべきだったとも思った。

このまま亡くなったとしても

これが、少し前でいうところの老衰だといえます。

このままでいいのじゃないんですかといわれている気がした。本人にちゃんと確認ができないのもなんだが

以前、母の時にも

「俺は、いろいろとやらなくていいからな。」

と言っていた。

確かに 意識がなくなってからも生きることはないと思うけれど。

うちの家系は、ボケないようだ。

意識がはっきりしているというところで

私の気持ちは、少し揺らいでしまう。




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医者との話し合い... そして、ライヴ [秀夫ちゃん介護記録]


日中、父の今後について医者と話した。

現状としては、口からの栄養補給では足りず、

誤嚥による肺炎の危険もあることから

胃ろうにするかどうするかということだった。

この医者のゆっくりとした話し方が嫌いで嫌いで・笑

以前から、それがものすごく苦痛だった。長々と話している間に

不覚にも涙がじわじわと出てしまった。

これは、悲しいというよりも

なにか、もうどうしようもなく嫌になってきたからだ。

この現状が、厄介で厄介で

私の中では、胃ろうにして自宅介護が継続できるのなら

たまに果物や甘いものでも少しつまめて

本人の意識がはっきりとしているのであれば

それでもいいと思っていた。


話し合いを終えて 父のところへ行くと

食事の時間になっていた。

すべてミキサーにかけられたものばかりが並んでいた。

「なんだか、すごいものが並んでるね」

というと

「うまくないんだよ、味が薄くて」

としかめっ面をして見せた。

「あれだな、食べたくないっていうのは贅沢だな」

と父が何気に言う。

『おい、てめえがいうんか』と内心思ったが。

「なんだかなあ...」 

と、自分がまた病院にいるのが不思議でならない様子だった。

結局、

ほとんど残していた。

「おい、あれ、ドリンクドリンク」

と、自宅で飲んでいたプロテインのようなものを飲みたがった。

けれど、まだ駄目だということで飲ませてあげられなかった。

しばらく、例のわけのわからない話をして・笑

手を振って 私は、帰った。



14時近くに帰宅。

風呂に入って ライヴに行く支度をしていた。


何とも 鬱々としていたんだ。

はじめていく Gok Sound のライヴ環境は

なにかとても居心地がよくて.....

そこにある音も拍手も

とてつもなく暖かくて心から心地よかった。


LIVE って ありがたいよなぁ。



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決断の時は近い...か... [秀夫ちゃん介護記録]



食事も水分も取れなくなっていた。


5/21(月)に 急きょ点滴をお願いした。


食べるのも 飲み込めない。

そうなってくると 「もう、いいよ」となってしまう。

ベッドからなんで落ちちゃうの?

と、聞くと目が見えなくなって 手探りでいる間に落ちてしまうらしい。

目が見えないというのは、後から思うと

貧血なのではないだろうか...


翌週になって 訪問医から会社に電話があり、

現状では、栄養を取ることが難しくなり

このままだと衰弱してしまうとのこと。

今後どうするべきか、考えておいてほしいとのことだった。


当然、楽しみにしていたリハビリはなしになった。

何度も「もう、だめだ」と言われながら復活し続けた祖母の

『復活の松(まつはばあちゃんの名前・私が勝手につけたあだ名です)』

の息子なのでどうにかなるかもと思っていた。


週末に弟を呼んで どうしていくか話そうと思っていた。


夜中に また、足をだらりとしていたので

「こんなにしちゃうともっとむくんで痛くなるよ」

というと、いつになく

「こんなんじゃ、歩けねぇじゃねぇか。」と声を荒げた。

「歩けねぇんじゃ、しょうがない」

とふて寝してしまった。


ある時には、メロンをパクパク食べた。

けれど、そんなものでは生きられない.....

これは、本当に無理だと思い、

訪問医に電話すると病院に行ったほうがいいというので

その医者が救急車で行ってもいいレベルだと思うから

ということで 搬送先の病院にも連絡をしてもらい

人生二度目の救急車に乗った。

救急隊の人の問いかけに妙にきびきびと答える父。

弟曰く

「父ちゃんビビりだから、そうゆう時には

ちゃんと答えようと思うんじゃない」とのことだった。


というわけで 6/1から入院している。


数日後に 備品を持ってお見舞いに行くと

相変わらず干からびた父がいて

はじめは私と分からずに

「〇〇が痛いから...」としきりに言うので

脇に敷いていたチューブの接続を体の下から出してあげた。

そうするとまた

「腰のあたりに 固いものがあって痛いんだよ。」というが

よくわからず、とにかくいたるところからチューブが出ているので

「ごめん、下手にいろいろと動かせないんだよ」

と、私が言うが

「お願いです、痛いんです」と懇願する。

ほどなくして 看護婦さんが来て

「なにか、腰のあたりにあって痛いというんですが」

と、みてもらうと

モニターの装置のようなものがあった。

看護婦さんは、父と私に謝っていたが

あんなもの今の身動きが取れない父が下にするわけないのに。

と、ちょっと不信感を持ってしまったけれけど。

次に行った時には

「ここは、いい。ちゃんとしてくれるから」

と言っていたので 一安心できた。



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なんなんでしょう.... [秀夫ちゃん介護記録]



深夜帰宅して 父の部屋をのぞくと

両手で空中の何かを手繰りよせている。

「タコ踊りか?」


少しそんなことをしているので

声をかけた。


「何してんの? 何か探してるの?

テレビのリモコンが脇にあったので渡してみた。

「テレビのリモコンだよ」

父は、それを持つとおもむろに耳に当てて

「もしもし、お母ちゃんか?」

と話し出した。

『やばい...』大丈夫かな。

と不安になる私を見て

「お母ちゃんだよ、お前もしゃべるか...」とにこにことして差し出す。

「いえ、遠慮しときます・笑」と私。

少し本当に楽しげに何か話している様子で

『霊界と電話しとんのか?

まじ、すげえな...』

と感心しつつ、自分だったら誰と会話したいかなぁと

考えている間に 霊界通話は終わったらしく

リモコンを置いて寝てしまった。


本当に楽しそうだったので

そんなのも あっていいかと思った。


そんなオモシロ話をPで話すと

その人も笑いながら

「そんな大変なのに

笑ってられるなんて信じられないよ」と言われた。


ただ、確かに面白いんだな。

本人のキャラの可能性もあるかと思うけどね。





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